2017年10月6日金曜日

展示会『子供の領分-childen's conner-』によせて。その2







ただし、今回の展示会における直接のきっかけになる出来事は、旅行中にはっきりとひとつあった。旅行中、岡山の美観地区にある、とあるギャラリーに僕らは行った。そこは老舗のギャラリーで、岡山でももしかしたら結構知られた店かもしれない。全国から取り寄せられたさまざまな器が所狭しと店に置かれ、お店には率直に「おばあちゃん」と書きたくなるような女性が座っていて、でもひとつひとつの器について伺えば、しっかりと丁寧にその作品について教えてくれる店。率直にいって、どう考えても素晴しい店なのだと僕も知っているのだが、なんせその時の僕らは先に書いたように子供ふたりを連れた状態で、買い物を愉しめる状態ではなかった。だから奥さんだけ店に入ってもらって、軽く器を見てもらうことにした。僕は子供ふたりをベビーカーに乗せつつ、抱っこをして外にいた。まぁ真夏だから暑くもあったが、とてもじゃないがふたりを連れて店内に入ろうとは思わない。

・・・と、そのおばあちゃん(と敢えて書いてしまうけども)が僕らの方を見つつ、奥さんに何かを言っている様子である。そして奥さんがしぶしぶ外に出てきて僕らにこう告げる。「気にしないでいいから、子供も一緒に入って来なさい」と言っているよ、と。驚いたけれど、恐縮しながら僕らはひとりずつを抱っこして店に入った。いや、上の子は店に降ろしたっけな。でも結構おとなしくしていたと思う。そしてそのおばあちゃんは僕らにおもむろに、でもはっきりと、こう言ったのだ。「・・・あなたたちね。もしかして自分の子供たちにプラスチックの器なんて使わせていないわよね? 絶対にダメよ。子供だからこそ、ちゃんと壊れるもの、割れるものを使わせないと。壊れるものを使わせることで、子供にだってモノの尊さが伝わるんだから。それがなにより大事なのよ」。その言葉通りでは無かったかもしれないけれど、そういう意味のことを彼女は僕らに伝えた。そして僕らが数枚器を買って帰る時に、上の子にと、子供用の飯椀をサービスとして入れてくれたのだった。

たぶん、これは自分が店をやるようになって、いちばん大きな衝撃を受けた出来事だった。それはもちろん割れ物屋なのに子供を自ら受け入れてくれたこととか、器をサービスしてくれたからとか、そういうことだけではなくって、なんというか、お店として何かを伝えることの本質であったり、それをお店として貫くことの大事さだったり、そしてその店で起こったすべての出来事が自分が普段モヤモヤしていた、たったいまこの国で親として小さな子を育てて行くときに感じる「なにか」に対するカウンターじゃないか、と激しく思った。これは、この感情をそのままにしておくことはできない。と、僕らはすぐに帰りの新幹線で話し合った。これは、誰かになにかを伝えなければいけない、と。



そしてその相手と言ったら・・・僕らの友達でも取引先でも同じくらいの子供を育てる親同士でもある、何より夫婦ふたりともたったいまウェイなビッグウェ―ヴに乗りに乗った器の創り手でもある、金澤宏紀くんと木ユウコさん夫婦しか居なかった。どう考えても、今回のこのことを伝えてきっと、いやもしかしたらば理解を示してくれるのは、少なくとも僕にはおふたりしか浮かばなかったのだ。ある日、とある焼肉店で、お互いの子供たちが暴れ騒いでちっとも満足に食べたように感じない焼肉を食べながら、僕はその旨をふたりにとつとつと伝えた。一歳になる娘さんを抱えながら、お二人は11月の大イベントである『天草陶磁器展』を控えていた。もちろんそれだけでなく、お二人とも発注分やら止まることの無い納品やら、さまざまな仕事を抱えていたはずだ。いま考えると、そんななかでよくもまぁ無謀なるお願いを創り手の方に直接したものだな、と自分でも思う。ほんとうに恐ろしい。期間的にいっても、どう考えても断られてしかるべきだ。でもたぶんそれでもそうやって無理を相談させていただいたのは、それくらい岡山での出来事の衝撃が自分なりに大きかったのだと想像する。とにかく、誰かにそのことを伝えて、できればなにかの形に昇華したかった。そうしてそのなにかの形に触れること出会うことで、微かにでもいいから、ふと誰かに立ち止まってもらいたかった。ただし、この点もなにより大切なのだとおっさんである自分は分かっているのだけど、ひとは大義や名分だけでは決して動いてはくれない。やはり受け手に、実際になにを届けられるかが一番大切なのだ。今回の場合でいうと、やはり届けられる作品がなんといっても一番大事。それらすべてを踏まえた上でも、現在の僕に取ってはこのふたりしかいなかったのだと思う。「・・・まぁ、ある意味、自分たちの娘にむけた作品を創ればいいんじゃないかな」。たしかふたりはそんなようなことを、その場で言ってくれたような気がする。結局、最終的におふたりがこの無謀なるお願いを引き受けてくれたことに対しては、僕にはもうここにこれ以上書き付ける言葉を持たない。ほんとうにありがとうございます。

子供が使える器、いや子供でも使える器、でもだからといって決して子供に媚びない器、子供の柔らかな感性だからこそに訴える器・・・。そんな器をお二人に創っていただけたら。結果的に今回は共作のブランドである『Scarlet Company』名義で創っていただけることになった。・・・そおおりゃ、嬉しかったですよ。直接、上天草にある住まい、兼、工房に家族みんなで泊まりがけで押し掛けて、木さん手づくりの餃子を子供たちと一緒に包んで食べたり、ああでもないこうでもないとワインを飲みながらいろんな話を延々と話したことは、もうすでに良き想い出だ。そして無謀なる大いなる山を動かすには、やはり人間、熱意しかないのだろうと、かっこつけてここに記したいところだが、決して良い子のみんなは真似しちゃダメだと思います。たぶん自分だってこんな無茶はこれっきりであるはず(たぶん)。そして今回の作品の素晴しさをここで記すような野暮なことは自分はもうしない。ぜひその目と手でしっかりと確かめて欲しいと思います。

そしてここに二回に分けて書き付けたことは、あたりまえにあくまで僕の主観によるところのただの経緯でしかなくって、今回のおふたりの作品にはほんとうのところ、そんな主観はまったく関係ない。作品はそんな戯れ言と無関係に、ただただそこに素晴しく存在する。本当は作品にそんな戯れ言を被せるのはまったくもって失礼な気がして、書かないことも考えたけれど、でもあまりにも今回はおふたりに無理をいってしまったし、だったらばその経緯や理由を説明する必要がある気がどうしてもしたから、こうやって書いた。だからもちろん、お子さんに関係ない方だとか、僕の書いたことに真っ向から反対するひとにだって展示会に来て欲しいし、ぜひとも器を手に取ってみてほしい。こころからそう想い願う。ということで、明日から展示会です。




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子供の領分-Children's Corner-
presented by scarlet company.
2017.10.7(sat)~10.16(mon)
「子供のときだからこそ、しっかりとしたうつわを使わせなければダメよ」・・・とある賢者は僕にしっかりとそう言った。プラスチックなんかでは決して得ることのできない、割れて壊れてしまう儚い刹那と、未だ柔らかで豊かなその感性へ丸ごと訴えるような煌びやかな芸術性と。だからといって決して子供に媚びることのない、大人も子供も共に使える伸びやかな普遍性と。そんな器が欲しい。そんな器こそ、このまるで体温を感じさせないような現在の世の中に提案したい。わがままで仕方ないそんなお願いを「Scarlet Company(スカーレットカンパニー)」のふたりに投げてみた。その答えが、この展示会といえそうです。
★「Scarlet Company(スカーレットカンパニー)」
PRODUCED BY KANAZAWA HIROKI&SHIGE YUKO
/SINCE 2017/FROM KAMIAMAKUSA TO EVERYWHERE...
※期間中は『自然派きくち村』による食材の販売、その食材を使った『KOKOPELLI(ココペリ)』オリジナルのお菓子なども販売します。
※photo:hisatomo.eto/subject:uta.nakamura












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